呼吸をとおして、カフェが臨床(生)空間になりました
「からだ」のご縁はふかい感謝です。
いつもありがとうございます。
今日は昨年末にあったできごとを書いていきたいとおもいます。
昨年末上京したときのこと。
31日の夜行バスで久慈に帰る予定でした。
大晦日の東京駅は混んでいて、いつも寄るカフェも席は全て埋まっていました。
少ししたら席は空くかな、とおもいつつ、店内をぐるぐる歩き回っていたところ、一人の青年が声をかけてくれました。
「バスの出発時間まで待っているんですけど、相席でよければどうぞ」と、テーブル席の向かい側を示してくれました。
声をかけてくれたことがとても嬉しくて、レジでマカロンを二つ買い、その青年の向かい側に座りました。
「よかったら好きな方をどうぞ」とマカロンをすすめると、「マカロン好きなんですよ」とチョコ味のマカロンを美味しそうに食べてくれました。
初対面にもかかわらず、おもいの外会話は弾み、話題は青年の「背中」に移りました。
なんでも「背中」に持病を抱えているらしく、今は手術をして落ち着いているけれど、ということでした。
詳しいことは伏せますが、これも「からだのご縁」だとおもい、ひとつ試してもらいました。
それは、どちらの鼻腔(鼻の穴)からの方が息が吸いやすい? ということ。
青年のこたえをきいて、「やっぱりからだはそうなるようにできているんだな」とうれしくなりました。
それから、もう少していねいに呼吸をとおしてもらうと、
「背中で支えている感じがする」
「呼吸のながれが感じられる」
「呼吸がきもちいい」
「こんなにリラックスできるのは初めて」
そんな感想を伝えてくれました。
「今感じている呼吸を、普段の生活の中でも大事にするといいですよ」
「息がしやすいって、生きやすいにつながるとおもうから」
そんなことも素直に聴いてくれて、お互いに、声をかけてよかった(かけられてよかった)とうれしくなりました。
「呼吸」という素朴だけれど、生命にとって必要不可欠な営みをていねいに「からだ」と共有する。
そのとき感じられることを、「からだからのメッセージ」として素直に受けとっていく。
それができれば、どこでも「臨生」の「くうかん」になり得るんだなあ、と改めて感じられたできごとでした。
「からだのご縁」はふかい感謝です。
