「からだ」のご縁はふかい感謝です。
いつもありがとうございます。
瀧澤一寛と申します。
「健康ですか」
この「問い」と真摯に向き合うとき、隠されているもうひとつの「問い」に気づくかもしれません。
それは、そもそも「健康ってなんだろう」という「問い」です。
そして、「健康ってなんだろう」と問うことは、「生きるってなんだろう」と問うことと、かさなってくるのではないでしょうか。
その答えは、ひとり一人の生き方や考え方によるところもあるでしょうし、あるいは、世間一般のイメージによるところもあるでしょう。
わたし自身「健康ってなんだろう(生きるってなんだろう)」ということを、師の生みだされた「新重心理論」をとおして感じてみたい、重心の適性にかなった「からだ」の「しぜん」な「生」を体現していきたい、その想いで師と共に学び続けています。
その学びの途中ではありますが、「からだの重心」におさまり、「からだの軸」が立ち上がってくると、今まで感じられなかったことが感じられるようになる、その確かな感触をいただいています。
「からだ」の無意識によって営まれているさまざまな生命現象をとおして、その背景にある宇宙の法則や秩序にふれていると「からだは悦んでいる」ということが、すーっと伝わってくるのです。
主語が「じぶん」から「からだ」に変わる。
「からだ」という同じ根っこを土台として「からだは悦んでいる」ということを共有しあえる「マ」がある。
「いたみ」や「つらさ」といった症状を改善することが目的なのではなく、それさえ「からだのこえ」として素直に受け入れ、「からだ」は何を伝えようとしてくれているのか、感じとっていくこと。
それは「健康ってなんだろう(生きるってなんだろう)」という「問い」に応えていくことでもあります。
当たり前すぎて、普段は素通りしてしまっていることに、ていねいにふれていくこと。
ていねいに「感覚」し、「呼吸」も「うごき」も「ことば」も「意識」も「ながれ」にゆだねていくこと。
それを可能にする立ち方(自然体律位)の作法をとおして「からだの快」を共有していくこと。
ふと湧き上がる感謝の念に気づいていくこと。
「からだからのメッセージ」をゆっくり味わえる「臨生」の「くうかん」は愛に満ちています。
「ここに在っていい」という安定感と安心感は「重力と重心の調和」にある素朴な生命感覚です。
「健康ってなんだろう(生きるってなんだろう)」という「問い」の先にある、「これから」の「生」の種になっていただければ幸いです。
共に生かされ、共に生かしあっている存在なのですから。
「からだ」のご縁はふかい感謝です。
てまり堂
