その頑張りは健康につながるのか

運動を一生懸命頑張れば、筋力や体力がついて健康になれる。自信もつくし、なんだか強くなった気にもなる。第一、健康のために何かやっている、という充実感がある。

これも一理あると思います。

ただ、健康のために、筋力や体力をつけるために、痛いのを我慢して運動している、運動したら痛みが消えると思って頑張っている、という話を伺うと、それでも我慢してやった方がいいんじゃないか、とは正直思えない。

筋力や体力は、その人の「健康」を支える一つの目安にはなるけれど、それだけで健康かどうかをはかれるわけではないと僕は考えます。

その運動に耐えられる人は励んでもいいだろうし、そうじゃない人は別の切り口から取り組んでみるのもいい。もっといろんな角度から、「からだ」を動かしてみてもいい。

例えばからだを捻る動作がありますけれど、その動作をやると腰が痛い、スムーズに動かないといった場合、体幹の筋肉が弱っているから、体幹の筋肉を鍛えようというのも一つの手です。これは足し算的な発想です。弱っているところを強くしようとする発想。

でも、なぜ痛みが出るのか、スムーズに動かせないのか、筋力とは別のところに原因があるんじゃないかという見方もあります。実際に動きを観察してみたら、そもそも、それじゃ腰に負担がかかるよねっていう具合に動作している場合があります。生活の中で作られた癖のある動きです。

じゃあ、腰に負担がかからないような捻り方をしてみたらどうですか、あっ、その方がやりやすいですか、こういう具合に動かせばよかったんですね、ということも結構あります。

つまり、頑張って鍛えて、筋力をつけようという足し算的な発想ではなくて、今までからだに負担をかけていた癖のある動きそのものを変えてみましょうという引き算的な発想です。僕はこっちの発想の方が好きです。

学生のころなんか、バスケで腰を痛めると、よく腹筋が足りないからだって、腹筋たくさんやっていたんですけど、今思うと、競技の特性に関わらず、それじゃ腰痛めるよって動きを一生懸命やっていました。そういうことを教えてもらう機会ってなかったんです。足し算的な発想しか知らなかった。

人間って痛い時は知らず知らずのうちに、痛くないようにからだを動かすものなんですね。やっぱり、痛いのを我慢するのは嫌ですから。それなら、初めから、「からだ」に負担のかからない動きを身につけるのもありだと思います。ただ、筋力や体力をつける目的でやる体操や運動ではちょっと身に付かない。発想そのものが違いますので。

運動を頑張れない、もしくは、運動を頑張っちゃうとかえって痛みが増すという人には、引き算的な発想もありますよ、ということはお伝えしたいです。

ご予約はこちらから